相続税専門の税理士法人チェスター成長の軌跡 Vol.1

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50名の職員、年間400件を超える相続税申告、相続税申告で業界トップクラスの税理士法人チェスターがどのような軌跡を辿って成長してきたかをありのままに書いていきたいと思います。なお、私(福留)の視点で物語は進んでいきます。

第0章 ~なぜ会計士になったのか!? (福留編)~

よく聞かれます。なぜ、そもそも会計士になったのか?そして、その後、なぜ税理士として相続を専門とする会計事務所をやろうと思ったのか。

父は経営者、その跡を継ぐと決めていた

私の父は、経営者でした。経営者といっても、年商1億円ほどのいわゆる町のハンコ屋・印刷屋です。
小学校の卒業アルバムに将来の夢は、父の印刷会社を継いで大きくしたい!そう書きました。
そういった思いで、経営を学びたいということで、大学は神戸大学の経営学部に進学しました。

ただ、大学生のとき、父からこんなことを言われました。
会社を継ぐのはいいけど、その前に、まずは社会に出て勉強しろ!さらには、もし事業がうまくいかなくなったときのために食うに困らない資格をとったらどうかと。

軽い気持ちで会計士を目指すことに

その言葉がきっかけで、当時、大学時代の周りの友人たちも目指しているものが多かったというのも理由で、公認会計士の資格を目指すことを決めました。大学2年生のときです。
公認会計士という資格をとれば、いろんな企業の中身が見えるので、経営にも役立つのではないか、また難関資格なので取得すれば、食いっぱぐれはないんじゃないかという位の気持ちです。

父の死、そして・・・

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ただ、そうして専門学校のTACに通い、勉強をしている時期でした。
父がこの世からいなくなりました。
結果、いろいろあって、父が経営していた会社を継ぐという私の夢はそこでなくなってしまいました。

そういう状況ですから、当然家計にも余裕はなく、自分としては“早く働かなくては!”という思いに当時はなっていました。資格の勉強をゆっくりやっている余裕はない。

ただ、当時、母の理解もあり、奨学金をもらいながら、せっかく途中までやってきた勉強なので、とりあえず1回は真剣に受験してみよう!それでダメだったら、普通に就職しようと決めて、1回受験しました。

公認会計士試験

受験当時のことは、今でも覚えていますが、まずはマーク式の短答式試験。ボーダーラインの点数の+1点か2点のギリギリ合格…。当時、何度も吐きそうになりえずきながらテストに臨んでいました。

次に論文式試験。暗記系のテストはまるっきりダメだったのですが、当時、“経済学”という科目。
この得意にしていた科目で、かなりの高得点を奇跡的に上げることができ、見事、受験1回目で公認会計士試験に合格することができました。

もし、このときに試験に落ちていたら、今は絶対ないですが、でもまぁ、それはそれで一度の人生っていうスタンスで常に生きています!

この後、会計士として、社会人としての初めての職場“監査法人トーマツ”で、今の共同代表である荒巻と出会います。

相続税専門の税理士法人チェスター成長の軌跡 Vol.2 へ続く

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